FXの森

25歳フリーターがFXで稼ぐまでの軌跡

世間から見るFXトレーダーの存在や価値観のズレ

一般論として、トレーダーは煮ても焼いても食えないような言動であることが多い。

天邪鬼で、物事を常に斜めから見る。

正面からそのまま受け取ろうとしない。

いつも自分の中の常識と比較する。

自分が脊髄反射的に感じる部分と、トレーダーとして大衆がどう反応するかを冷静にみる部分と、それらを比較して客観的にみる視点。

 

自分の中にある大衆的な視点と、それと同居している反大衆的な視点。

相反するとも言える、二律背反?ダブルスタンダードのような感覚。

 

常日頃小馬鹿にしている阿呆と一緒になって踊り狂う時もある。

しかし、それは誰が見ても上昇と分かる相場のときだけで、それ以外は冷めた目線で大衆とは距離を置く。

馬鹿騒ぎする時と、カウンターでちびちびと呑む時をよくわきまえているというか・・・。

 

これの塩梅、さじ加減が難しい。

自分の中に基準や目線、視点がないとどっちにカテゴライズしていいか分からない。

その上、常に決断を迫られる局面において即時的に判断しないといけない。

だから、考える時間を作って自分の中に答えを思考して用意する。

分からない問題は寝かせて、きっかけを待つ。

 

脱線するが、『思考の整理学』を久しぶりに読みたくなるなぁ。

あれ読んでいる時はすごく感心する内容なのに、すぐ頭から飛んじゃう。

なんでだろ?

自分の中に落とし込める器がないからなのか??

 

何もかも常識を疑い、真理を追求するのは疲れる。

正直、考える作業は5分と持たない。

人間基本的に狩りや馬券買って馬を応援している時しか興奮しないんじゃないか?

元々少ない機能として、思考回路は酷使するようには作られて無い気がしてならない。

あらゆることを無意識で行うようにプログラミングされていて、怠惰な性格が全人類の遺伝子ベースで備わっている。

 

常識や暗黙の了解の裏側を探求して、何かを見つけた時の快感はひとしおだろう。

本に書いてあったり、どこかのブログで読んだりしたことはあるけれど、自分の肌感覚で掴んだものはそれと違った毛色のものであったり。

文字や映像では掴めないものがあることを知った時に、自分のレベルが上がったのか?という高揚感がある。

ドラクエのレベルアップ音がかすかに流れ、ここを掘り進めればもっと凄いものが在るんじゃないかと期待させるもの。

 

しかし、真理や原理原則に近づくことがそんな簡単ではない。

簡単ではないからこそ、大衆との意識に乖離がある。

一見何もないようなところに気づきを得て、皆が知っているものや出来るものには一切の興味がなかったり。

変人そのものだと思う。

大多数の一般常識人に逆らい続けるのも楽ではない。

 

世捨て人みたく暮らしたくなるのも分かる。

ニュースやテレビなどで俗世間との交流を持っていると、毒を飲まされ続けるように錯覚する。

情報の非対称性やバイアスのかかったものに対して、常に問いをかけつづける。

そういう苦労をするなら最初から見なければよかったと。

天才は本を読まずにすむのかも知れないが、凡人や小利口である自分は本を人の倍読んで、自分の中の判断基準を常にアップロードしないといけないという危機感が在る。

清濁をあわせて飲み続けて、目を覚まし続けないといけない。

勝手に覚醒するならとうの昔にしているハズだから。

 

 

・・・でも、そういうテレビなどにどっぷり浸かった経験があるから、今があると思うと無駄では無いのかなと思う。

くすぶった連中との付き合いや、稼げない価値観で考えていた時の愚かな日々。

まったく無駄だったと叫びたい。

しかし、トレーダーとしての価値観を持つという視点から物事を鑑みるとそうなるだけであって、その他の分野の人は実生活に支障はないわけだし。

 

何が正解か、どこが真実か・・・。

 

答えを探す旅路は終わりを知らない。