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FXの森

25歳フリーターがFXで稼ぐまでの軌跡

利益や損失の正体

学んだこと

それは人の欲望。

 

ずっと自分の損失の癖や特徴を追いかけていてふと疑問に思った。

なんで自分の損失が誰かの利益になり、誰かの損失が自分の利益になるのか。

そして、勝ち続けるというのは誰かの損失をもらい続けることであるからして、技術や心理の裏側にあるものはなんなのか。

勝ち続けるというのはたまたまの偶然じゃなくて、確立された技術によって裏付けされた利益の積み重ね。

その積み重ねられたモノの正体を、負け続けた人は知らない。

いや、知っているはずなんだけど気づいていない。

だってその逆をやればプラスな訳だから。

しかし、そう話は単純でない気もする。

どういうわけか。

 

過去に自分が負けていた時(まだ勝てていない今もだが)、ただ検証や練習が足りないだけだと思っていた。

浅はかな考えだし、専業トレーダーになって勝ち続けようとしている手前、恥ずかしい限りだ。(誰に見られて恥ずかしいと感じているんだろ?誰も見てないのに

 

負けるには理由がある。

ナンピン、大局に逆らう、レンジや揉む所で入る、等など。

そもそもなぜFX等の投資なのか。

そこで気づいたのはFXだけに限った話じゃないということ。

不動産でも株でも一緒。

もっと言えばありとあらゆるビジネスもそう。

人の「見たいものを見る」という心理的習性からくる。

 

皆儲けたいから投資をやるわけで、最初から損したいからやる人なんていない。

ではなぜ勝とうとして負けるのか。

そう負けの正体。

 

それは「見たくないものを見ていない」である。

具体的に言うと、損失の原因である自分を見たくない。

 

・勉強してきた自分が負けるわけがない。

・自分だけは破産するはずがない。

・自分だけ勝てるだろう。

・自分はパチンコで借金するまでしない。

・自分はカジノで108億もスッたりしない。

・自分は賢いからオレオレ詐欺にひっかからない。

・自分に限ってそこまで必要ないものに年間12万も使っているはずがない(スマホを月1万として)

・次のポジションはまさか損失を出したりしないだろう

etc

 

全部自分自身が全体の一部でしかないことを見過ごしている。

というか考えないようにしているという具合か。

自分も大衆の一人であると自覚するならば、いつ騙されるか分からないし、いつ借金をするかも分からない、いつ破産するやもしれない。

そういう危機感が必要。

人間痛い目見ないと分からない事ばかりだから、私は自身の経験も踏まえて「早く、安く、(傷が)浅く済む内に騙されるべき」と考えている。

寸借詐欺もお人好しを見せてしまった挙句ひっかかったし、アルバイトで時間外労働をいっぱいしたし、友達にお金貸して帰ってこないというのを実際に経験してきた。

そういう騙されたり、失敗したりした事で学んだ。

そして、人間不信になり性悪説を支持するに至りました(笑)

FXにおいてはルール無しで望んで返り討ちにあったし、誰かの勝ちに献上しているという視点が欠けていることに気付かされた。

 

人の善意を信じたり、自分ならこうするだろう、相場はこう動いていくれるだろうという希望的観測だけで生きていいては、それらを食い扶持にしている連中にいいようにカモられるだけだ。

ごく個人的考えだが、勝ち続けたり儲け続ける人というのは、「人は騙す生き物であり怠け者である」ことをよく知っている。

誰が儲けているかまで考えずに目先の利益、ニンジンにすぐ食いつく事を熟知している。

詐欺がなくならないのは、そういう人の習性はいつの世も、どこの国にもいるからだ。

詐欺まがいの商売もなくなりはしない。

選ばなければいいだけの話だが、それを選んでしまうのはいち消費者として策略にハマってしまっているのだから仕方ない。

 

FXや投資に焦点を当てて、話を戻す。

儲けたくて負ける人の行動は一貫している。

 

・うまい話に飛びつく

・調べもせず行員の人柄を信用して投信信託を買う

・営業トークにほだされ、需要ないアパートを立てて毎月損失を出す。

・値頃感で売買する

・検証しない

・失敗した時にシミレーションをしない

・知識量と資産額が正比例すると思っている

・まさか騙すはずはないと思っている

・まさか自分が騙されるはずがないと思っている

・リスクを勘定しない、したくない

・塩漬けし続けている自分を認めたくない

 

総じて負けを認めない。

サンクコストを命の危機が迫らない限り見切りをつけられない。

このままの自分であり続けても稼げない現実を直視しない。

そういう現実を肯定してしまっては過去の自分が、どれだけ低レベルだったかの烙印を押す気分になる。

本来の人間であるなら、皆がそう感じる。

 

でも、勝ち続ける人はそれらを受け止めている。

負けていた事実から、踏まえて先を見ている。

儲けたくて失敗している気持ちや考え方が、損失になって自分を苦しめているいることをよく知っている。

だからそういう損失を出す考え方や在り方から逆算して考えるようになる。

それが「誰がカモで、誰が得をしているか?」という視点を持ち始める。

ポーカーそのものだね。

自分が儲けたい時、誰を食うのか。

誰かに食われていると自覚できていない内は、損失が垂れ流しの時。

 

儲けた時に誰かが損を出している。

損の正体がなんであるかを、自分自身の出した損から学んだ時に初めて腑に落ちる。

 

それはあちこち手を出した手法の寄せ集めかもしれない。

間違った環境認識によるものかもしれない。

大局に逆らった逆張りナンピンかもしれない。

どっちつかずの判断で両建てしている時かもしれない。

利益を追いかけすぎた結果の損失かもしれない。

自分の小さいミスが大きくなったものかもしれない。

 

それらは千差万別であり、十把一絡げには語りきれない。

個人により特性や色が違う。

しかし、利益を求めて損失を出してしまう人の心というのはいずれも共通している。

「見たいものを見て、見たくないものは見ていない」である。

 

勝とうとして勝てないんだから、まずは負けないように負けた原因を分析して、それの反対をやればいい。

そんな単純な事だが、それが出来ないからみんな負けるわけで。

 

負けている人が出来ない事を出来るようにする。

それがどういうことか自分で考えて出た答えが、相場で生き抜く経験値に変わるのだと思う。

負け続ける原因が検証や練習不足だけではない。

誰を負かし続けないといけないのか。

つまり、過去負け続けた自分の考え方や在り方から180度転換しなくちゃならない。

だからこそ、負けてた記録は必要不可欠。

どの時点でそう思ったのか、どういう考えや視点で物事を見ていたのかを可視化するにはトレード日誌を残さないといけない。

どうせ記憶に残っているのは自分に都合のいい記憶だけしかないのだから。

だから記憶にあるトレード、つまり負け続けたトレードによる積み重ねを消す為に早く大量に記憶の上書きをしないといけない。

それは負ける考え方の反対の考え方の上に立って見ることで培うべきトレードで。

 

手法はなんでもいい、の正体もこれ。

勝つ考え方は手法を選ばない。

負けることの対極に自分が居続けるなら、何やっても勝つから。

負け続けることがないのは、常に勝つ可能性の高い側が分かってそちらに立てるから。

それは負ける人の考えなど、勝つ人の前では手の平の上で転がすように分かるから。

過去の自分が負け続けてそれを克服できたから。

だからこそ負ける人の気持ちが分かって説明がつく。

 

負けない事が大事っていうのは、ちゃんと負け続けてしまう自分とは決別しましょうねって事。

誰かに食われていると自覚するところから始めよう。

さすれば道は開かれん。

 

 

日誌訂正が3日経つのにまだ終わってないんだけどね(´・ω・`)